☆研究報告書016☆
スポーツが教えてくれるもの(後)

2008/2/19
ライン
前回より続きです。

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日曜日はYSHLの試合がありました。
まずはいつも一緒に練習している子供達の試合があり、オフィシャルをしながらもついつい心の中で応援してしまいます。

ただ子供の成長というのものは、こちらの想像など軽く超えてしまうものですね。
この日も練習で見たこともないプレーや気持ちを感じさせて、自分の頭の中で理解していると思っていた子供達は、本当は計り知れない力を持っていることを気づかせてくれます。

続いてはリーグ3の自分たちの試合で相変わらず、自分のへたくそゴーリーが炸裂してしまったわけですが久しぶりに出場してくれた、たじさんと仲間達のやりとりが楽しかった!

リーグ2の人数が少ないこともあってたじさんにも出てもらい、ちょうど試合が終わったばかりのサーズデイさんの中からも出場してくれる人が見つかって一安心。

ベンチで和気藹々としながらも自分たちも相手チームも一生懸命で、いいプレーが出来て良かったです。
転勤になってしまうからこの日が戸塚で最後かもしれないというサーズデイの内藤さんとプレーできたことも嬉しいことでした。

ここにいると本当に自分は幸せだなあと思う。

「初心者でももっと安全に楽しく試合ができたら」と思ってはじめた草ホッケーリーグで、いろんな人達が自分に力を貸してくれて、一緒にホッケーして、笑って、たまにちょっと悔しがって、一生懸命練習に励んだりする。

草リーグだけど大真面目で、和気藹々だけど一生懸命。

ここに集まってくれた人達と一緒に作ってきたリーグが、自分をこんなに幸せにしてくれるとは、正直思っていませんでした。

だから自分はこの人達のためにもベストを尽くしたいと思っています。
先日の日記で書いた「一期一会」です。

けれどベストを尽くして、最大限に力を発揮することは、本当に難しいことですね。

なんだかシュートに凄く似ていると思います。
実は、自分はシュートは早くないけれど、コントロールはいい方だと思う。

いろいろな動きの中から狙ったところに打つことはちょっと難しい。
だけど練習すれば出来るようになりますよね。

でも試合で相手のプレッシャーがあると全然違う。
それでも技量が上回っていれば出来るときもあるでしょう。

けれど相手が同じ技量かそれ以上と思われるような強いプレッシャーの時、出来るはずのことまで急に出来なくなることがある。
客観的に見れば、ある瞬間には練習と変わりがない状況があるのに、です。

もっとひどいときは、自分がミスする恐れや、今はパスかシュートか、などという迷いが「今シュートならどこを狙うのがベストか」といった判断すらさせなくなることがある。

そうすると人間は自分の「ベストのプレー」を見失ってしまう。

私も、ただただがむしゃらに走り回って筋肉を使うことで疲れ切って「俺は今日頑張った」と思ったことがありました。
ひたすらにシュートを打ってやっと1点とったり、パスばかりしてゴールを見ない試合がありました。
振り返ればまったく何をやっているのだか・・・「一期一会」ほど遠し・・・

そんな時対戦した相手に凄い人がいました。
ホッケー関係の方はご存じの方も多いかと思いますが、トルネードスの石岡さんです。

激しいプレッシャーで倒れ込みながらも、その一瞬に想像を超えるプレーをしてくる。
はじめは技術の差だと単純に理解したのですが、それだけではないことは、何度もそんなことが起きれば分かってきます。

「この人には技術を超えた強さがある!」

自分の中では一瞬で通り過ぎる1秒が、この人と対戦していると、まるでひどく長い時間のように感じさせられる強烈な意志。
もう第一線を退いているのにこの強烈な強さは何なのだろう。

それからずっと石岡さんを観察する日が続きましたが、なかなかその力がどこから来るのかは分かりませんでした。

ところが「もしかしたら」と気がつかせてくれる瞬間がありました。
それは意外にもYSHLでした。

自分は社会人からホッケーをはじめているし、もういい歳だし、そんなに上手いプレーは、はっきり言って出来ないです。

でも一生懸命練習する初心者の人達とふれ合い、手伝ってくれるいい人達ばかりに出会って、自分もあきらめていないで、もっと目標となれるような人間になれないだろうかと真剣に悩みました。

事故や病気で趣味なんか出来なくなる友人だっている。
こんなに恵まれているのに、ホッケーだってあきらめてしまったら何も出来ないじゃないのか・・・

そうやって顔を上げてみたら、自分を信じてゴール前に走り込む仲間が見える。
自分に任せて、自分を信じて、あきらめない仲間がいる。
スポーツの中には普段の社会人生活ではちょっと難しいとも思える、特別な信頼関係があったりします。

そんなとき私は自分の力を超える力を発揮することがありました。
まぐれとか幸運とか言われるかもしれないけれど、自分だけの力だけでは持つことの出来ない強い意志を、私でも持てる瞬間がありました。

私は、ただ試合に負けたくないとか、ちっぽけな自分のプライドのために強い意志を持つことは出来なかったのですが、弱い自分には勝ちたい!あきらめる自分を許しちゃいけない!と思わせてくれた人
達とのつながりこそが今の自分の力となって強い意志を持たせてくれます。

だから今では良いプレーが出来たときは「やっぱり俺は一人じゃないな!」と思うことが出来ます。

人間ってどんなに凄い技術を持っていても発揮する意志がなければ、良いプレーなど出来ないのですね。
そして強い意志は一人の力で作っていけるものでもない・・・

たぶん勝手な想像ですが、石岡さんは、このスポーツに感謝しているのだと思います。
それは大きい意味での仲間のため(今まで倒してきた相手チームの人達も含め)にも、みっともないプレーは出来ない!そんな強い意志が一瞬まで目の輝きを失わないプレーを産むのではないかと推測しています。

なんだか背負っているものが大きいことを感じて、その強さに納得!
なにかを背負う重さはプレッシャーと感じてしまう人もいるかもしれません。
でも背負えるものなら、背負うほど、逆に心は強くなれるなんて不思議なものです。

人が背負っているものを感じられるようになって、社会人でスポーツをはじめて、やっとなのですが・・・周りのお父さんお母さんがいろいろなものを背負って歩いている事にも気がついて、自分も頑張らなくちゃと思う今日この頃です。